デッサンなんてくそくらえ

ヒッチコック

 

デッサンって色々なルールや方式、方法があってややこしいというのが

ぼくが感じているデッサンです。デッサンについて少し(ほんの少し)

調べて見ました。

そもそもデッサンとは何か

 

デッサンで検索して見るとWikipediaにこうありました。

一般に、ペン、鉛筆、木炭、パステル、コンテなどが用いられ、輪郭線によって対象の視覚的特徴をつかむことが目的となる。

したがって、輪郭線そのものの強弱や太さなどが、主題的となる。対象に見える陰影や固有色、質感、などを

ハッチングなどによって描き出すこともある。 古代において、線彫や木墨によるデッサンは、呪術的な意味を持っていた。

ルネサンス時代には、絵画や彫刻、建築の試作方法として大いに用いられるようになる。

また、近代の銅版画やリトグラフの線描や日本の浮世絵の影響を受けた様式も現在では存在する。

自分が感じたデッサン

 

昔デッサンが上手くなりたくて(写真のような絵が描きたくて)
ネットでのデッサン教室を受講したことがあります。

そこではリンゴを書いたり、鉛筆で濃さを表現したりなどの
デッサンに対する基本ワークをしました。
そのサイトでは1ヶ月後に自分の描いたデッサンの絵を
評価・フィードバックしてもらえるというものでした。

ぼくは3ヶ月コースを受講しました。3回フィードバックがあるからです。

しかし2回目の提出の時。
自分の手のデッサンを出したところ、
ボロックソのフィードバックが帰ってきました。
・影の濃さが全然違う
・写真の手の位置に対して絵の位置が違う
・こんなもの(基礎を超えたもの)を出す前にもっと基礎をやって出直してこい

ここまで厳しくは書かれていませんが、
ぼくにはそう受け止めれるほどのショックでした。
このショックから立ち直るのは相当厳しく、
絵を描くことから遠のいてしまいました。

快画塾との出会い

 

普通の人だったらそこから基礎を徹底的にしよう!とか

心がける人もいると思います。

でもぼくのメンタルではそれを受け入れることができませんでした。

そこから数ヶ月後に快画塾のワークを受け、

自分の絵と向き合うことができるほど回復しました。

快画

快画塾の方式だと本当にデッサンの不必要性が体感でき、
無意識になる重要性がわかりました。

 

 

結論から言うと「デッサンはくそくらえ」は
感情から来た結論です。

でもデッサンはなくても絶対にいい(気持ちの良い)
絵は必ず描けます。

他人がどう思うかはわかりませんが
自分を癒すことができます。

ABOUTこの記事をかいた人

快画家 奈良のちょい田舎在住絵描き。 好きなことするため大阪から移住。 いやなことをする暇もないくらい絵描き・農・まちづくりに夢中。 快画の技法を使って右脳全開で生きる人たちを増やすことに 全力を注いでいる。